タンニンと鉄が生み出す黒 木工旋盤で、栗の木から皿を作りました。皿を黒くしてみようと思い、鉄媒染を施しました。木を黒くする方法に塗装という手がありますが、私は木に含まれているタンニンと鉄を反応させる鉄媒染をもっぱら採用しています。 栗はタンニンを比較的多く含む木として知られています。栗の渋皮や樹皮にタンニンが多いことはよく知られていますが、木材にもタンニンなどのフェノール性化合物が含まれています。 タンニンとは何か まず、タンニンという物質が一つあるわけではありません。タンニンは、植物に含まれるポリフェノール性化合物の総称です。化学的にはかなり幅のある呼び方で、分子構造の異なるいくつもの化合物が含まれています。お茶の渋味も、タンニンによるものとして説明されます。植物に含まれるタンニンは、昔から染色や皮なめしなどにも利用されてきました。 「タンニン」という言葉自体、英語の tannin、さらにたどれば「皮をなめす」という意味につながっています。木材の鉄媒染を考える場合には、タンニンが持っているフェノール性の水酸基が重要になります。 フェノール性化合物を簡単に、Ar-OHと表してみます。Arは芳香族部分を簡略化した記号です。条件によっては、この水酸基から水素が外れて、**Ar-OH ⇌ Ar-O⁻ + H⁺**という状態になります。このAr-O⁻の酸素が、鉄イオンと結びつきます。 たとえば、非常に単純化すると、Fe³⁺ + 3ArO⁻ → Fe(ArO)₃という形で表すことができます。ただし、これは実際の栗の木の中で起きている反応を、そのまま表した式ではありません。タンニンは一種類の化合物ではありませんし、鉄との結合も一種類ではありません。実際には、鉄イオンと複数のフェノール性基との間で錯体が形成されるなど、もっと複雑な反応になります。そのため、「鉄とタンニンが反応して、この化学式の物質ができる」と単純に考えるのは正確ではありません。鉄とタンニンなどのフェノール性化合物が錯体を形成し、その鉄錯体が暗い色を示す、と考えるほうが分かりやすいと思います。 二価鉄と三価鉄 鉄には二価鉄と三価鉄があります。化学式では、Fe²⁺とFe³⁺です。鉄媒染では、この違いも関係してきます。二価鉄が酸化されて三価鉄になることを簡単に書けば、**Fe²⁺ → Fe³⁺ + e⁻**となります。 実際には空気中の酸素や水なども関係しますので、これだけで鉄媒染の反応全体を説明できるわけではありません。それでも、鉄の酸化状態が変わりながら、木材中のフェノール性化合物と鉄との錯形成が進んでいくことは、発色を考えるうえで重要です。 鉄とタンニンの組み合わせでできる錯体は、光を吸収する性質を持っています。そのため、私たちの目には黒、黒褐色、濃い灰色などとして見えます。実際に木に施してみると、この色は単純な黒ではありません。木によってかなり違います。 木によって色が変わる 鉄媒染が面白いのは、この部分です。同じ鉄を使っても、木が違えば色が違います。タンニンをどのくらい含んでいるかが違いますし、含まれている成分そのものも違います。 さらに、同じ木でも、白太と赤身によっても違ってきます。夏目と冬目でも発色が違って見えます。 塗装なら、黒い塗料を塗れば黒になりますが、見た目は均一になり、木目は完全に隠されてしまいます。ところが鉄媒染では、木に含まれている成分そのものを利用して色を変えるので、木目はしっかり見えます。 経験により、鉄媒染に使う栗材は正目より板目のほうが、見た目も肌ざわりもいいのです。これは意外でした。正目は上等な材とされているのですが、こと染めに関しては板目がきれいです。 皮の鞣しとタンニン タンニンは木材の色だけに関係するものではありません。皮の鞣しにも、植物タンニンが使われてきました。 動物の皮は、そのままでは腐敗します。皮の主成分であるコラーゲンというタンパク質が、微生物によって分解されるためです。鞣しは、この皮を腐りにくく、保存性のある革に変える処理です。 植物タンニン鞣しでは、樹皮などに含まれるタンニンを利用します。タンニンがコラーゲンと相互作用することで、コラーゲンの構造が安定し、皮が腐敗や分解を受けにくくなります。 ここでは鉄は必要ありません。木材の鉄媒染では、タンニンなどの植物成分と鉄との相互作用が色の変化に関係します。一方、植物タンニン鞣しでは、タンニンとコラーゲンとの相互作用が皮の保存性を高めます。 お歯黒もタンニンと鉄 タンニンと鉄の組み合わせは、お歯黒にも使われていました。お歯黒では、鉄を含む液体と、五倍子などタンニンを多く含む植物材料を利用して歯を黒くしました。 木材の鉄媒染と、お歯黒はもちろん同じものではありません。使う材料も違いますし、反応する場所も違います。ただ、タンニンのようなポリフェノール性化合物と鉄を反応させ、暗い色を生じさせるという点では共通しています。 昔の人は、鉄イオンがどうとか、フェノール性水酸基がどうとか、錯体がどうとか考えていたわけではありません。それでも、鉄を使うと黒くなることは知っていました。 沼の中で保存された遺体 タンニンと皮の関係を考えると、北ヨーロッパの沼沢地から発見される古代の遺体も関係してきます。いわゆる沼沢遺体、英語では bog body と呼ばれるものです。 デンマークなどの泥炭湿地からは、2000年以上前の人間の遺体が、皮膚や髪、爪などを残した状態で発見されています。グラウベールマンやトーロンマンがよく知られています。 普通の土の中では、これほど長い時間、皮膚が残ることはほとんどありません。ところが、泥炭湿地では条件が大きく違います。 水に覆われた環境では酸素が少なく、さらに酸性で、低温の場合があります。そのため、通常の環境よりも微生物による腐敗が進みにくくなります。ミズゴケが生育する湿地では、ミズゴケに由来する化学物質も遺体の保存に関係しています。 皮膚が残る一方で、酸性の環境によって骨の成分が失われることもあります。そのため、非常に古い遺体なのに、皮膚や髪などが残っているという状態が生じます。 沼の中の自然な「鞣し」 沼沢遺体の皮膚の保存については、植物由来の物質による、いわば自然の鞣しに似た現象も考えられてきました。 植物タンニンを使った皮の鞣しでは、タンニンがコラーゲンに作用して皮を腐りにくくします。沼沢遺体の場合は、それだけで説明することはできません。酸性、低酸素、低温、ミズゴケなど、いくつもの条件が重なっています。 現在では、ミズゴケに由来する物質の化学的な作用も重要と考えられています。つまり、沼沢遺体を単純に「タンニンで鞣された遺体」とすることはできません。 ただ、植物由来の物質が皮膚に作用し、通常とは違う保存状態を生じさせるという点では、植物タンニンによる皮の鞣しと通じるところがあります。 グラウベールマン デンマークで発見されたグラウベールマンは、沼沢遺体の中でも特によく知られているものです。紀元前4世紀ごろに生きていた人物とされ、1952年に泥炭地から発見されました。皮膚、髪、爪、顔の形などがよく残っていました。 発見された後の保存処理では、オークの樹皮を利用したタンニンによる処理が行われました。オークの樹皮に含まれるタンニンを使って、皮膚を保存する方法です。 自然の沼の中で長い時間をかけて保存された皮膚を、発見後には人間が植物タンニンによって保存したことになります。 栗の皿を鉄で黒くするという小さな作業から、皮の鞣しやお歯黒、さらに2000年以上前の人間が残る北ヨーロッパの沼まで話が広がります。木に含まれている成分を一つ知るだけでも、木工の外側にあるいろいろなものが見えてきます。
栗の皿を鉄で染める
木のお店 リーベルクラフト
ウッドターニング(木工旋盤)を用い、木が持つ自然の表情や手触りを大切にしながら、自然でシンプル、やさしさに満ち一つひとつ心を込め手作りしています。内容は1木軸筆記具、2木の器、3木の道具・小物、4木のインテリア。 「リーベルクラフト」の名前で、Creemaにお店を出しています。 https://www.creema.jp/creator/3510520 jujuboisjuju@gmail.com
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